第3回口頭弁論の法廷で口頭で陳述された「陳述書」です。

 

 

 

 

2014年(ワ)第2146号・第5824号 原発メーカー損害賠償請求事件

 

 原告 朴 鐘碩

 

 被告 株式会社 日立製作所 ほか

 

               陳 述 書 

 

               2016127

 

 

 

東京地方裁判所民事第24部合議D係 御中

 

本人訴訟原告 日立製作所勤務 朴鐘碩(パク・チョンソク) 印

 

 

 

私は、被告である原発メ-カ・日立製作所で働いているパク・チョンソクです。何故、私がこの訴訟の原告になったのか、陳述します。

私は、1951年愛知県西尾市で9番目の末っ子として、貧困家庭で生まれました。日本の公教育を受け、韓国語も話せない、韓日関係の歴史はもちろん、朝鮮名の読み方さえ知らない、日本人化した在日朝鮮人のひとりでした。当時、日本企業の朝鮮人に対する「就職差別」は、当然のように日常茶飯事でした。

 

高校卒業後、19709月、出生から使用していた日本名の新井鐘司で日立製作所の中途採用試験を受け合格しましたが、「韓国人である」と明かすと採用を取り消されました。「崖から落とされた」私は、「納得できない。どうしても諦めるわけにはいかない」と怒りを感じ、横浜地方裁判所に日立を提訴しました。当時、私が19歳の時でした。

 事件は、「われら就職差別を背負って ボクは新井か朴か」と1971112日『朝日新聞』に大きく報道されました。 

 

197312月、東京・丸の内にあった日立製作所・本社で民族差別をした経営陣に対する糾弾闘争が始まりました。日立の採用責任者は、裁判が始まって間もない711月、共産党、民青等の思想的偏向者、熱心な創価学会員、精神・肉体異常者は雇わない、外国人も積極的に雇わないことを合意していたことが明らかになりました。この差別文書は国会でも問題になりました。

 

日立への抗議運動がエスカレ-トする中、韓国での日立製品不買運動は、欧米にも展開され、企業のイメ-ジダウンを恐れた「世界の日立」は屈服し、判決を待たずに支援組織であった「朴君を囲む会」と日立との間で「日立が朴君を民族差別し続けてきたものに他ならないことを認め、日立は責任をとる」、「日立製作所は、今後、このような民族差別を二度とくりかえさぬよう、責任ある、具体的な措置をとることを確約します」という二つの確認書を取り交わしました。

 

74619日、横浜地方裁判所の裁判長と裁判官は、原告に完全勝利の判決を下しました。4年近い裁判闘争で民族差別の不当性を訴え、日立経営陣を糾弾し、国境を越えた運動により、完全勝訴した私は、22歳で日立に入社しました。在日朝鮮人への差別・偏見に立ち向かい、常識を覆した日立闘争は「これでようやく終わった」と思いました。尚、この日立就職差別裁判闘争は、公立の高校の歴史教科書に掲載されています。

 

入社後、「私は仕事だけしていればいいのか。何のために裁判までして日立に入ったのか」と悩み、5年後、胃潰瘍で1か月入院しました。労働者は、言いたいことがあるのに、何故、職場集会で沈黙するのか、発言しないのか、労働者の問題と差別・民族差別の関係を考えるようになりました。開かれた企業・組合組織を求め、人間らしく生きるためには、「国籍、民族など関係なくおかしいことはおかしいと言う勇気と決断が大切だ」と開き直り、発言するようになりました。

 

日立が民族差別を起こした背景には、企業社会にこうした労働者がものを言う「表現の自由」を束縛する圧力、企業文化があり、この抑圧から解放されなければならないと思い、会社と組合から厳しく監視される中、私は組合の役員選挙に立候補しました。私は、労働者にものを言わせないことが、差別・排外に繋がる就職差別・不当解雇事件を起こし、経営者に原発事故の責任を追及できず、沈黙に繋がっていると思います。

 

私は、311原発事故から8か月後の201111月末、日立製作所を定年退職しました。現在、日立で嘱託として働きながら「原発メ--訴訟の会」事務局長をしています。

 

原発事故後、原発メ-カで働く労働者のひとりとして、私は沈黙していいのか悩み、内部から声を発することの意味、重要性を考え、日立製作所の会長・社長に抗議文・要望書を提出し、原発メ--としての責任、被曝避難者への謝罪、原発事業からの撤退、原子炉の輸出中止、廃炉技術の開発などの予算化を求めました。

 

何故、日立の労働者は、事故の反省も謝罪もなく、平気で原発を輸出しようとする経営陣に抗議の声を発することができないのでしょうか。 

 

原発輸出は、相手国住民を差別・抑圧し、生命を奪い、生態系を破壊します。戦前、日本がアジアを侵略したように再び日本が加害者になることが懸念されます。

 

企業社会は、経営者と組合幹部が「労使一体」という「協働・共生」を謳い、民主主義・人間性を育てない、育たないように労働者を巧みに管理・支配しています。

 

戦前、日本の企業は、労働力不足を強制連行した朝鮮人、捕虜で連れてこられた中国人で補い、植民地であった朝鮮において莫大な利益を得ました。戦後、日本政府は、日本国籍を剥奪し、官民一体で外国籍となった朝鮮人の、人間としての権利を全て排除しました。

 

日本の戦争責任が問われなかったのは、経済を優先し傲慢な経営体質に労働者が黙って従う絶対的価値観を持たされているからではないでしょうか。

 

国籍を理由に採用を取り消し、原発事故の謝罪もせず、労働者に沈黙を強いて原発を輸出する日立グル-プをはじめとする原発メ-カの経営方針は、国民国家を支え弱者に犠牲を強いる植民地主義です。

 

民族差別は、日本による植民地支配から生まれ、戦後、朝鮮半島は、核を保有する覇権国によって分断されています。日立の経営陣は、日立就職差別闘争から一体何を学んだのでしょうか。

 

同時に国籍・民族を超えて労働者にとって差別のない、人間らしく働きやすい、開かれた職場をつくることではなかったのでしょうか。私は、定年まで勤め、その後も嘱託として働き、経営陣、組合幹部に開かれた企業・組織を求めてきました。

 

事故が起きても起きなくても、原発がある沿岸に住む地域住民や現業労働者は、常に人命の危険にさらされています。国策に加担する原発メ-カは、利潤・効率を追求するあまり、安全対策がおろそかになります。つまり住民と現業労働者に犠牲を押しつけ、人間性を否定する差別構造が生まれます。

 

核兵器と原発は表裏一体のものであり、「原子力の平和利用」そのものが当初から超大国の核による世界支配を補完するものであり、人間・民族・国家間を対立させ、差別・抑圧する構造の上に成り立ち、犠牲を強いるきわめて非人間的なもので、被告3社が強調するような、原賠法が「被害者の保護」と「原子力産業の健全な育成」を「調和させ、ともに実現する」という主張は、人類と自然に対する冒涜です。これは日立就職差別裁判の判決文に書かれているように民法90条の「公序良俗に反する」明らかな違法行為と言わざるを得ません。

 

被告3社は、この違法行為によって原告の「不安」「恐怖」を引き起こし、原告の精神的損害に対する賠償責任があります。

 

人格を破壊する差別を認めた日立が、社会に貢献し、開かれた会社になることを、私は期待しました。しかし、

 

原発事故の犠牲となった福島住民はじめ世界の人たちに核兵器の恐怖と不安を与えたこと

 

●日立、東芝、GEの経営陣から謝罪の言葉が一切なかったこと

 

●原子力事業に携わる労働者、組合からも「申し訳ない」の言葉すら全く聞くことができなかったこと

 

●さらに事故原因を究明せず原発事業を推進し、原子炉を輸出しようとする経営者の発言から、このままでは、原発を造り輸出し続けることで世界の人々にさらに「不安」と「恐怖」を増幅し、人間らしく生きる基本的人権を犯すことになります。

 

こうした事実に、私は精神的損害を受けました。

 

原発メ--の経営陣、その下で働く労働者は、企業としての社会的・道徳的責任、人間として良心の呵責を感じないのでしょうか。

 

 私は、原発メ-カ・日立で働くひとりの労働者として、人類と自然を破滅に導き、核兵器に繋がる原発の開発・製造事業から完全撤退することを被告3社の経営者に強く求めます。

 

また、私は、致命的な311原発事故の原因、その責任を徹底的に追求し、2度とこの世界で原発事故を起きないことを願い、反原発を訴える世界の人々と連帯していきます。これはこの世で生きる私たちの責務であり、私たちの子ども、孫、次世代への責任でもあります。世界の人々は、固唾を飲んで東京地方裁判所・裁判長、裁判官の判断に注目しています。

 

原発・核兵器を保有する覇権国が、朝鮮半島がまさにそうであるように、国民国家を分断し、多くの棄民、難民を生み出し、弱者に犠牲を強いる歴史に終止符を打ちたいと思います。

 

歴史は作られるものではなく自分で作るものである、人権は与えられるものではなく自分で獲得するものである、ということを私は日立就職差別裁判闘争から学びました。

 

繰り返しますが、戦争責任が問われないまま、経済と効率を優先させて、人類、自然と共存できない、人間性を否定する戦後の「植民地主義」である原発体制を国際連帯で打破し、原発・核兵器の廃絶を求め、私は、開かれた企業、社会・組織を求めていきます。¥

 

また、私自身が人間らしく生きるために、どのような状況に置かれてもおかしいことはおかしいと言い続けていきます。

 

陳述を終わります。

 

 

 

 

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朴鐘碩「陳述書」全文
第3回口頭弁論で口頭で陳述される「陳述書」の元になる、第2回口頭弁論で裁判所に提出された「陳述書」の全文です。
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